ここからは細胞膜を通して細胞内外へ物質を輸送するメカニズムについて勉強していきます。浸透の分野でもお話ししましたが、細胞膜は半透膜の1種でした。半透膜の定義として「溶質は通らないけれど、溶媒は通り抜けることのできる膜」と学習しました。体の中で使われている溶媒の代表には水が挙げられます。は分子式でH2Oと表され、分子量18の非常に小さな物質です。小さいから細胞膜の間を縫って通り抜けることが出来るのです。ところが、タンパク質などは分子量が数十万~数百万ということもめずらしくありません。つまり非常に大きな物質なのです。このような物質を輸送する場合、細胞膜が半透膜である、つまり大きな物質は通さないという性質はただの障害でしかありませんから、ときには特殊な装置を、ときにはエネルギーを使って輸送する必要があるのです。それでは輸送の仕組みについて見ていきましょう。

輸送には大きく分けて2つあります。輸送にエネルギーを必要としない受動輸送と、エネルギーを必要とする能動輸送です。まずは受動輸送について学びます。受動輸送はエネルギーを使用しない代わりに、その物質の濃度差を利用します。例えば、細胞膜の外側で濃度が大きく、内側で濃度が小さい物質があったとします。このときに物質は濃度が大きい側から小さい側へ移動しますから、細胞外から細胞内へ入ってくることになります。もうお気づきの方もいるでしょう、そう、受動輸送の本質は拡散なのです!しかし、ここで重要なことを忘れてはいけません、細胞膜は半透膜なので、ほとんどの物質を通さないのでした。このままでは拡散できませんから、この状況を打破するために2つの作戦を使います。1つはむりやり押し通る作戦です(作戦と呼べるかは怪しいですが…)。といってもすべての物質は通ることが出来ませんから、通ることのできる物質は限られてきます。ここで重要なのは「似たものどうしはすり抜ける」という法則です。細胞膜はリン脂質、つまり油でできています。さらにこのリン脂質2分子が互いに向かい合った状態で層を作っています(下図参照)。ですから電荷の偏りもありません。(電荷の偏りについてはのちほど解説します。) つまり、細胞膜をそのまますり抜けることのできる物質の特徴は、

①小さい
②脂溶性(油に溶ける)
③無極性(電荷の偏りがない)

以上の3つになります。①の例は水、酸素、二酸化炭素、②の例はアルコール、エーテル、ステロイドホルモン、③の例は酸素、二酸化炭素が挙げられます。ナトリウムイオンなどのイオンは小さいですが、電荷をもつので通り抜けることが出来ないことに注意しましょう。これらの物質は、細胞膜が半透膜であるという性質を無視して単純に拡散しているだけなので、このような輸送を単純拡散と言います。

さて、電荷についての説明です。大部分は化学の内容ですが、ここで整理した方が分かりやすいのでここでまとめてしまいましょう。まず、電荷とは原子などの小さな粒子がもつ電気のことです。つまりは電気のことです。このような簡単なイメージを持って頂いたところで、水分子と二酸化炭素分子を比較しながら説明していきます。水分子は水素原子Hが2つと酸素原子Oが1つ結合したものです。その結合の仕方は図のようになります。折れ線型の構造をしているわけです。ところで、酸素原子と水素原子を比べると、酸素原子の方が電子(マイナスの電荷をもった粒子)をひきつけやすいので、酸素原子は-(マイナス)の電荷を帯び、水素原子は+(プラス)の電荷を帯びるということになります。ですから、酸素原子と水素原子との間で電荷の偏りが生まれます。また、折れ線型の構造をしているので、分子全体としても図の矢印の方向に電荷が偏っているわけです。このような分子を極性分子と言います。続いて二酸化炭素分子について見ていきましょう。二酸化炭素分子は炭素原子Cが1つと酸素原子Oが2つ結合したものです。その結合の仕方は図のようになります。直線型の構造をしているわけです。ところで、炭素原子と酸素原子を比べると、これまた酸素原子の方が電子をひきつけやすいので、炭素原子は+の電荷を帯び、酸素原子は-の電荷を帯びることになります。ですから、炭素原子と酸素原子の間でも電荷の偏りがあるわけです。ですが、二酸化炭素分子は直線型の構造をしているので、炭素原子と酸素原子の電荷の偏りがそれぞれ同じ大きさで反対向きなので打ち消しあうことになります。つまり、二酸化炭素分子全体としては電荷の偏りはありません。このような分子のことを無極性分子と言います。また、細胞膜を構成するリン脂質についてですが、リン脂質じたいは電荷の偏りがあるものの、2分子が向かい合って結合しているので打ち消しあうことになります。このため、極性分子よりも無極性分子の方が細胞膜を通り抜けやすいということになります。しかし、例外として水分子はあまりにも分子量が小さいため、極性分子にもかかわらず細胞膜を通過することが出来るわけです。

続いて2つ目の作戦に移ります。その物質専用の「門」を作るという作戦です。そのままではリン脂質の間を通り抜けることはできないのだから、細胞膜に門を作ってしまおう、というなんとも単純明快な作戦なわけです。門には2種類あります。1つは輸送体と呼ばれるものです。これは、輸送体に物質が結合したときに構造が変化して反対側へ輸送するものです(下図参照)。グルコースなどがこの方法で輸送されています。2つ目の門はチャネルと呼ばれるものです。これはスイッチがオンにされたときにはずっと開いて物質を通し続け、オフにされたときにはずっと閉じて物質を通さない、というものです(下図参照)。ナトリウムやカリウムなどのイオンがこの方法で輸送されています。輸送体やチャネルのように「門」を介した受動輸送は、単純拡散よりも輸送の速度が格段に速くなるために、促進拡散と呼ばれます。ここまでをまとめると以下のようになります。

輸送体:物質が結合→構造が変わって輸送する
チャネル:スイッチオン→物質を通す/スイッチオフ→物質を通さない

以上がエネルギーを用いない受動輸送についてでした。ここでもまた拡散の知識が登場しました。知識を繰り返し使うことで定着させていきましょう。