化学連載 第59回:化学反応速度⑩
Henderson Hasselbalchの式
ここまでは質量作用の法則をそのまま取り扱ってきましたが、この式は両辺の -log10 を取ると非常に使いやすくなります。さらに、塩が完全電離、弱酸!弱塩基が全く電離していないと仮定した式をヘンダーソン-ハッセルバルヒ式と言い、緩衝液の設計などに用いられます。
1)CH3COOH-CH3COONa 緩衝溶液の設計
例として、pH=5.0、Ka=10-4.7mol/L の CH3COOH-CH3COONa 緩衝溶液を調製するには、CH3COOH と CH3COONa をどのような比率で混合すればよいかを考えてみます。ただし、log102=0.30 とします。
この水溶液中では次の平衡が成立しています。
CH3COOH ↔ CH3COO-+H+
従って、質量作用の法則より
Ka=
この式の両辺の -log10 を取ると、
-log10Ka=-log10=-log10[H+]-log10
-log10Ka=pKa、-log10[H+]=pHとすると、この式は以下のようになります。
pKa=pH-log10
ここで、pKa=-log1010-4.7=4.7、pH=5.0を代入すると、
4.7=5.0-log10
log10について整理すると、log10
=5.0-4.7=0.3=log102
よって、=2.0 となりますので、CH3COOH- CH3COONa 緩衝溶液で pH を 5.0 にしようと思ったら、[CH3COO-]の濃度が [CH3COOH] の濃度の 2 倍の緩衝溶液を調整すればよいということが分かります。
CH3COOH は全く電離しておらず、CH3COONa は完全に電離していると考えると、pH=5.0 の緩衝溶液を作るには、[CH3COOH] の濃度が C mol/L のとき、CH3COONa の濃度を 2C mol/L にすればよいのです。
このように、Henderson Hasselbalch の式を用いると、緩衝溶液の pH の値から緩衝溶液の組成を調べることができます。
問題
0.10 mol/L の CH3COOH 水溶液 100mL に NaOH を加えて pH=5.0 の緩衝溶液を作りたい。そのためには、NaOH を何 g 溶かせばよいか。ただし、CH3COOH の電離定数を Ka=10-4.7 mol/L とする。
解説
質量作用の法則より Ka=
この式の両辺の -log10 を取ると、
-log10Ka=-log10=-log10[H+]-log10
-log10[H+]=pHなので Ka=104.7、pH=5.0 を代入すると、
4.7=5.0- log10
log10について整理すると、log10
=5.0-4.7=0.3= log102
よって、=2.0 ・ ・ ・ (※) となりますので、水溶液の [CH3COO-] の濃度を、[CH3COOH]の濃度の 2 倍にすればよいということが分かります。ここまでは先ほどと同じですね。
CH3COOH は 0.10×=0.010 mol ありましたから、NaOH を
mol 溶解したとき、水溶液中の物質量は次のようになります。
mol | NaOH | CH3COOH | CH3COO- |
反応前 | ![]() | 0.010 | 0 |
反応後 | 0 | 0.010-![]() | ![]() |
反応後の水溶液の体積を VL とすると
[CH3COOH]= mol/L、[CH3COO-]=
mol/L
となります。これを(※)に代入すると、=2.0
整理すると、=2.0
よって、
問題
CH3COOH の解離定数を Ka=10-4.7 mol/L とするとき、CH3COOH-CH3COONa 緩衝溶液の pH はどれくらいの値となるか。
解説
3 回目ですので、pKa=pH-log10の式から始めます。これを pH について解くと、
pH=pKa+log10となります。
ここで、緩衝作用を示すのは、弱酸とその弱酸と強塩基の塩の混合水溶液や、弱塩基とその弱塩基と強酸の塩の混合水溶液で、混合比率が 1:10 ~ 10:1 のものですから、となります。
したがって、-1≦log10≦1 ですので、取りうる pH は、pKa-1≦pH≦pKa+1 となります。pKa=- log1010-4.7=4.7 ですので、この緩衝液が緩衝作用を示すことができる pH は 3.7≦pH≦5.7 ですね。
以上から、CH3COOH-CH3COONa 緩衝溶液の取りうる pH は 3.7 ~ 5.7 であることが分かりました。
2)多価の酸の緩衝液:リン酸緩衝液
次に、多価の酸の緩衝溶液について説明します。リン酸 H3PO4 は次の 3 段階の電離をします。
ここで、H3PO4 と NaH2PO4、NaH2PO4 と Na2HPO4、Na2HPO4 と Na3PO4 の混合水溶液は、それぞれ緩衝作用を示します。
●NaH2PO4 と Na2HPO4 の混合水溶液を例としてリン酸緩衝液の緩衝作用について解説します。
この混合溶液中でイオンがどのようになっているかを考えるために、NaH2PO4、Na2HPO4 のそれぞれの水溶液を別々に考えるところから始めます。
ⅰ)NaH2PO4 のみの水溶液について。
① と ② 式から H+ を消去すると、2H2PO4 ↔ H3PO4+HPO42- ・ ・ ・ (※1) が得られます。
ここで、この反応の平衡定数を K4 とすると質量作用の法則より、
この K4 を求めるため、右辺にを掛けます。
このように、K4 はかなり小さな値であることが分かりますね。このことから、(※1) の平衡は左に片寄っており、この水溶液は H2PO4 が大部分を占めていることが分かります。
ⅱ) Na2HPO4 のみの水溶液を考えます。
②と③式から H+ を消去すると、2HPO42- ↔ H2PO4-+PO43- ・ ・ ・ (※2) が得られます。
ここで、この反応の平衡定数を K5 とすると質量作用の法則より、
この K5 を求めるため、右辺にを掛けます。
K5 もかなり小さな値ですので、NaH2PO4 水溶液と同様に Na2HPO4 水溶液も (※2) がかなり左に片寄っていて、HPO4-2 が大部分を占めていることが分かります。
ⅲ) NaH2PO4 と Na2HPO4 の混合水溶液について考えます。
この混合水溶液では、ルシャトリエの原理により (※1) の反応も (※2) の反応もますます左に片寄ります。そのため、この混合水溶液では H2PO4- の濃度は NaH2PO4 の濃度と等しく、HPO42- の濃度は Na2HPO4 の濃度とほぼ等しくなっています。
ここで、②の平衡式 H2PO4- ↔ HPO42-+H+ において、酸として機能する H2PO4- と塩基として機能する 2-4 HPO がともに多量に存在した状態で平衡に達していますので、この水溶液は緩衝作用を示します。
問題
ヘンダーソン・ハッセルバルヒ式を使って NaH2PO4 :C mol/L、Na2HPO4 :C mol/L の緩衝溶液の pH を求めてみましょう。
解説②
式の両辺の -log10 を取ると
-log10[H+]=pH、-log10K2=pK2 とすると、
ここに、pK2=-log1010-8=8.0、[HPO42-]=C mol/L、[H2PO4-]=C mol/L を代入すると
pH=8.0- log10=8.0 となります。
次に、リン酸緩衝液の設計について説明します。
問題
pH=8.0 のリン酸緩衝液を作るときにどのような混合水溶液を作ったらよいか。ただし、リン酸は次のような 3 段階の電離をする。
解説
まず、① ~ ③ のどの段階の電離によって緩衝作用が起こっているか考えてみます。
緩衝作用を示すのは、弱酸とその弱酸と強塩基の塩の混合水溶液や、弱塩基とその弱塩基と強酸の塩の混合水溶液で、混合比率が 1:10 ~ 10:1 のものです。
なので、pH=5.0 のときの各化学種の濃度比 [H3PO4]:[H2PO4-]:[HPO42-]:[PO43-] を求めて、混合比率が 1:10 ~ 10:1 になっているところを考えればよいのです。
① 式より、両辺の -log10を取って、
②、③ も同様にして、が成立します。
ここに、pK1=3、pK2=8、pK3=13、pH=8.0 を代入すると
従って、となります。
以上から [H3PO4]:[H2PO4-]:[HPO42-]:[PO43-] = 10-5:1:1:10-5 となりますね。
従って、pH=8.0 のときはほとんどが H2PO4- と HPO42- になっており、その濃度比は1:1です。
以上より pH=8.0 のリン酸緩衝液は NaH2PO4 と Na2HPO4 を等量混合した水溶液です。

平野 晃康
株式会社CMP代表取締役
私立大学医学部に入ろう.COM管理人
大学受験アナリスト・予備校講師
昭和53年生まれ、予備校講師歴13年、大学院生の頃から予備校講師として化学・数学を主体に教鞭を取る。名古屋セミナーグループ医進サクセス室長を経て、株式会社CMPを設立、医学部受験情報を配信するメディアサイト私立大学医学部に入ろう.COMを立ち上げる傍ら、朝日新聞社・大学通信・ルックデータ出版などのコラム寄稿・取材などを行う。