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小論文対策講座 第8回

課題文の「要約」のコツ その2

本日のお話は、課題文要約についてのお話の続きです。先回は、「部品を意識すべし!」というアドバイスを書きましたが、それ以外にもうひとつ、課題文の議論における有効活用について、お話しておきたいことがあります。

 まずは、以下の文章を読んでみてください。読み飛ばしてもらっても構いませんが、読んでいただいた方が、その後で申し上げることが実感しやすくなると思います。

 言葉への過信が近代人最大の迷妄の一つではないかと思う。人間の言葉というものが、そんなに完全なものとでも思ったら、とんでもないこれは大間違い。言葉の買い被りくらい危険なものはない。言葉とはおよそ不完全な道具なのである。結局どちらに転んだにしたところで、大して変りないようなことを言い合っている間こそ、言葉も一応便利、重宝なものだが、一度ギリギリ一ぱいの重大な事柄でも伝えようということになると、いかに言葉というものが不完全で、むしろ誤解ばかり生み出すものであるか、身にしみてわかるはずである。
 死んだ尾崎秀実が、弁護士に宛てた遺書の中に胸を打つ一節があった。

「こヽは誠に説明のむづかしいところです。結局冷暖自知してもらふより他はないと思ひます。私はこのごろ真実のことを云はうとすればする程、言葉といふものが如何に不完全なものかといふことを感じて来ました。評論や記事などを書く場合だけしか、言葉といふものは役に立たないものだと思ひました」

 そうした言葉のむつかしさ、不完全さということを、平生いやと言うほど感じつくしているのは、やはりおそらく文学をやっている人間に止めをさすだろうと思うが、この尾崎の感慨に見ても、「評論や記事」などというものが、いかに好い加減なものであるかがわかると同時に、この遺書を書いた時点での彼のような立場に立たされた時にはじめて、言葉の不完全さが、かきむしられるような腹立たしさをもって痛感されたのであろう。
 いってみれば言語とは、ひどく粗雑な出来合の計器類に似ている。たとえばぼくらが真実言いあらわしたいと思うことは3.1415であったり、39.6428であったり、ひどい場合は永久に完結しないあの循環小数のような、ひどくデリケートなものであるのに、 かんじんのそれを表出する言語と呼ばれる計器は、1、3、5、7といったような整数倍のはかりしかもたぬ、きわめて粗っぽい不出来の計器なのである。なにしろこうした粗雑な計器で、前述のようなデリケートな内容をあらわそうというのだから、いきおい猛烈な切捨て、切上げが行われるのはやむをえぬ。3.1415は、いきおいよく3に切捨てるし、39.6428は、エイ、面倒なとばかり40に切上げるといった按排。結局ぼくらの日常使っている言語表現というのは、厳密にいえばすべて近似値にしかすぎぬのである。もどかしかったり、誤解が生れるのは、当然といわねばならぬ。
 ところが面白いもので、この言葉の不完全さ、粗雑さということこそ、一面ではまた非常に大きな言語の効用として役立っているのである。いや、単に面白いだけなら特に取立てていうほどのこともないが、実はこの言葉の消極的性格が、ある特定の目的のために巧みに利用されると、これはきわめて危険な、ぼくらとして警戒の上にも警戒を必要とするような効果を発揮する。いわゆる言語の魔術とか、言語の呪術的効果とかといった名前で呼ばれるものが、それである。
 ところで、そうした言葉の呪術性が、もっとも大きな効果を発揮するのは、それが標準化され、スローガン化された場合である。説明するまでもないが、標語とか、スローガンとかいうものは、できるだけ簡潔で、わかりよくて、しかもさらに大事なことは、決して厳密にその内容が規定されていない、いわば中身は必要に応じて何にでもすりかえうる紙袋のような概念表現をもって最上とするらしい。即ち、そうした標語なり、スローガンを、来る日も来る日も朝から晩まで、根気よく相手の意識の中に流しこんでいると、相手の心の中には、最初は影も形もなかったような心的状態でさえが、いつのまにか注文通りにでき上がってしまう。そこが悪質な、それだけにおそるべき、人間心理の研究者である扇動政治家などの巧みに利用するつけ目であり、それには言語の不完全さ、粗雑な計器であるということが、むしろ必須条件でさえあるのだ。なぜならば、スローガンとか標語とかいうものは、相手をして考えさせるのではなくて、思考の中断を起させる、いいかえれば、思い切った思考の切捨てや切上げを要求するものであるからである。

出典:中野好夫『言葉の魔術』


  課題文を踏まえて、「言葉」についてあなたの考えを600字以内で自由に述べなさい。

 

 これはある大学の過去問ですが、さて、どう要約しましょうか?
 差し当たり、本文全体を捉え、それをいくつかのポイントに分けてみましょう。私の場合は、こうです。

〔前半〕
a 言葉では現実を表現しきれない
b aなのは、現実は複雑だからである
〔後半〕
c 特に「スローガン」は危険である
d cなのは、「スローガン」が人々の思考を固定するからである
               ↓
〔まとめ(abとcdを踏まえて)〕
e ・・・従って、言葉は細心の注意を払って用いるべきである。

・・・という感じでしょうか。

 そうすると、この文章には明らかに二つの事柄が含まれていることが分かります。すなわち、

a b 言葉は単純だから、複雑な現実を表現しきれない → e 注意が必要
c d 言葉の中でもスローガンは、人々の思考を固定するから危険である → e 注意が必要

・・・の二点です。
 これらをいっぺんに相手にした議論は可能でしょうか?言い換えれば、「言葉の単純さ」、「現実の複雑さ」、「スローガンの危険性」・・・これらをいっぺんに相手にした議論は、可能でしょうか?
 おそらくは不可能だと思います。そうでないとしても、少なくとも困難だと思います。議論が拡散します・・・議論に収拾がつかなくなります・・・ひどい場合には、解答者が何を言っているのか分からなくなります・・・。そもそも、上の全部を要約に盛り込むのは良いとしても、その構成要素を丁寧にまとめていたら、要約だけで何字かかるか分かりません。ちなみに、制限字数は600字です。

 こういう場合は、筆者の論点を自分の議論に合わせて思い切って見捨ててしまうことが肝要です。
 例えば、君なら、「言葉の不完全性」で攻めますか? それとも「スローガンの危険性」で攻めますか?
 「言葉の不完全性」で攻めるなら、その不完全性に対して「言葉の単純さを克服する方法は?」という方向が開けます。あるいは「それでも言葉がなお持っている可能性は?」という方向が開けます。
 「スローガンの危険性」で攻めるなら、その危険性に対して「スローガンのメリットで反論」という手もありますし、「スローガンの危険性への対抗策を提示」という路線も見えてきます。
 ほうら、筆者から出てくる材料のうち片方を切り捨て、課題を焦点化しただけで、こんなに路線が見えてきました。あとは君たち自身の選択・・・ならびに適切に選択できるための議論の経験値が問題となるだけです。
 このように、筆者の論点をポイント化し、その数を踏まえて自分の議論の路線を立てることができれば、君達にはそのうちのどれが自分にとって書きやすいものかを判断し、選択することができるわけです。これが、課題文の要約の要点のひとつになります。繰り返しますが、今回の場合筆者の全部を相手にしていたら何も書けません。それから、もちろんのことですが、課題文が正しく読めた上で課題文を正しく表現することができなければ、上に述べてきたような発想そのものがそもそも成り立ちませんので、要注意。

以上が、課題文の要約のコツ、その2です。では、まとめ。

課題文の要約については、読み取ったものを正しくまとめて表現することだけではなく、場合によっては筆者の論点から自分が議論を立てやすいものを正しく選択することも意識すべし。

 次回は、小論文の中でも重要な要素となる「背景知識」についての私なりの考えを述べてみたいと思います。

 

安達 雄大

安達 雄大

昭和53年生まれ。名古屋大学文学研究科博士課程出身。学生時代より大手予備校で指導を開始。現在は現代国語講師として全国で活躍する傍ら、医学系予備校で小論文指導も手掛ける。日々たゆまぬ研究に裏付けられた切れ味の鋭い現代国語の講義と丁寧な小論文指導により、受験生から絶大な信頼を集める。

 

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