誰にとっても必要な段階

皆さんが入試問題を解くためには、何はさておき基本事項を1つ1つ理解していかねばなりませんが、その際、(例えば英語や古文の単語などを覚えていくのとは異なり)特に数学においては「学ぶ順番」に注意を払うことの必要性が高くなります。学ぶ順番を決める主な要素は2つあります。1つは「論理のつながり」(例えば、三角関数の加法定理をもとに半角の公式や合成公式が導かれるといった)ですが、教科書や初学者向けの導入書は基本的にこの順番に構成されているので、よほどおかしな教材を使わない限り(もしくは、取り組み方によほどムラがない限り)、そのとおりに学んでいけます。ところがもう1つ、「学習しやすさ」という要素もあります。こちらはいささか曖昧な基準で、人によって、学習環境によって、適した順番は大きく異なってきます。そして、どのレベルまでこの時期に一気にこなしてしまえるかも、当然のように変わってきます。皆さんにとっては頭の痛い話でしょう。

この段階は、「受験生」になりたての皆さんや、いわゆる「再受験」でスタートレベルを把握したところの皆さんが、早々につまずきやすいところです。せっかくやる気になったのに、数学って意地悪な科目ですよね(笑)。目標レベルを高いところに置けばおくほど、どうしてもこのあたり(学習段階で言えば1-1~1-2、基礎サイクルの導入と練習)は手っ取り早く済ませたいと考えがちですし、筆者自身も、単純暗記や無味乾燥な反復練習は一番嫌いです。が、じっくり理解すべきところをいい加減にしてしまったり、やるべき練習をサボってしまったりすると、内容が身に付かずに結局二度手間を踏む羽目になったり、自分では理解しているつもりでも大事なところが抜けてしまったりするので(こうなると後々の『伸びしろ』にも影響してしまいます!)、本当にバカにできません。本記事では主にこの部分について考えてみたいと思います。

何か1つ学ぶごとに応用問題に挑戦V.S.基本的な内容だけ先に終える

筆者自身も含めて、進学校の指導者は、何はさておき授業をしっかり受けて課題をこなすことと、加えて自学自習するのであれば、大抵は一括採用で持たせている参考書(多くはいわゆる網羅系参考書)を隅々まで解くことをすすめます。

(注記)よく採用されていて、書店の店頭でも売られているもので言えば、代表的なのは「青チャート」(数研出版)でしょう。これと並び称される本として、現在書店の店頭では売られていませんが、指導者を中心にファンの多い「フォーカスゴールド」(啓林館)という参考書があります。内容と「例題」のレベルは大体同じと考えて下さい。

この手の参考書には、学校の授業で扱う問題に比べてやや応用的な問題、「ひねった」問題なども、本文中に例題として収録されていることが多く、そういったものも含めてこなせば、確かに力がつきます。自分のレベルより「やや上」の問題が解けるようになった瞬間が、最も力のつく瞬間でもあるので、指導する立場としては、それを皆さんに経験して欲しいわけです。

が、授業について行くだけで精一杯で、少しでもひねられると手が出なくなってしまうレベルの人に、同じことは恐らくできません。「やや上」の問題以前に解き方を忘れてしまった問題がたくさんあると、「美味しい」部分にチャレンジする余裕がなくなってしまうからです。前述した代表的な参考書は、「代表的」だからとフォローなしで取り組むと、挫折してしまいかねない参考書(の双璧)でもあるので、扱いには十分注意して下さい。

(注記)ちなみに、筆者自身は、あれらの本は学習段階で言えば2-1すなわち応用サイクルの導入に、抜けている基本事項や解法を再インプットする用途で使う本と位置づけています。筆者は私立の中高一貫校で中3時に数学Ⅰを学びましたが、確か中3時にもらった参考書は現在で言うところの「黄チャート」(数研出版)でした。長期休みの宿題で解いた覚えがありますが、筆者を担当してくれた先生は、ただ全部の例題を順に解かせることはせず、取り組む問題は1題単位で指定してくれていました。

ともかく、「やや上」に手が出ない皆さんは、無理をせず、まずは教科書の本文と傍用問題集の「A」などといった形で収録されている問題+「B」などの問題のうち取り組みやすいものに絞るなどして(自分で取捨選択するのが難しければ、ノーヒントで考える時間を区切ってあとは解答を読みながら答案を作り、少し時期をおいて再度チャレンジしてみましょう。そのときに、余裕ができたら「やや上」にチャレンジすることもできます)、1つの分野の「概観」を、なるべく早期に得られるようにして下さい。少なくとも教科書を学習している間は、このレベルで参考書・問題集を自分で買うことはよほどのことがない限りオススメしません。いわゆる再受験の場合など、どうしても買う必要があれば、学校や予備校の授業を受ける代わりという意味で講義調などの初学者向け導入書を選ぶか、網羅系なら思い切って「白チャート」(数研出版)ぐらいまでレベルを落とすかしましょう。「白」とバカにするなかれ。例題だけで物足りない人は、節末などの問題まで手を伸ばせば、かなりレベルまで網羅できます。「青チャート」でも、難易度を示すマークの数(1個~5個)が少ないものから順に片付けていくなどすれば、同様の順番で進めていくことは出来なくもないですが、進捗を管理する手間が増えてしまいます。

もちろんいつかは教科書~入試基礎レベルより「やや上」にチャレンジすべき時が来ますが、それは学習段階で言えば1-3(基礎サイクルの確認段階)~2-1(応用サイクルの導入)あたりまで先送りしてもかまいません。次の段階に進む際に、「積み残し」があることを自覚さえしておけば、カバーする術はいくらでもあります。むしろ怖いのは、中途半端に難しいものに手を出してしまい、未消化のまま次の段階に進んでしまうこと、練習をしっかり積んで、習熟できたかどうか、手ごたえを感じることなく(もしくは感じられないのに、その部分をごまかしたまま)時を過ごしてしまうことです。

その他の要因いろいろ

ひとまず最も大きな対立軸について考えましたが、入試基礎レベルの網羅において「取り組む順番」と「深さ」をどうするかを決める要素として、代表的なものをあげておきます。

分野ごとの特性

対数関数やベクトルなど、基本事項自体が難解な分野は導入に時間がかかりますが、ある程度「道具」として使いこなせるようになるまでが大事なので、我慢して時間をかけましょう。練習もある程度のレベルまで時間がかかっても一気に済ませましょう。

また、数学Ⅲの積分計算は、練習に時間を要します。そのかわり、導入は必ずしも教科書の順番を守らなくてよいので、自分にとって式の形の見分けやすいパターンから出来るようにしていきます。どうしても見分けられないパターンは、例えば三角関数の積→和の公式などの理解不足が原因の場合もあるので、数学Ⅱの教科書に戻って基本事項をインプットし直す、良い機会と考えて下さい。

逆に、数学Ⅱの教科書学習時に、積→和の公式をいつ使うのか分からなくても、そういう公式と、さらにそこから導かれる和→積の公式というものが存在することだけ軽く頭に入れて、先に進んでしまうという手もあります。三角関数に限らず、分野の最後の方に出てくる新しい公式・事項全般についても、同じような扱い方(先送りの仕方?)ができます。

場合の数と確率は、覚える公式の種類が少なく、他分野との融合が少ない(漸化式との融合を除いて)分野ですが、ということは、問題が解けるかどうかは問題文の意味を理解して正しく立式・計算できるかで主に決まります。土台となる国語力の影響も受けやすく、得意・苦手がはっきりする分野でもありますが、苦手意識を持ったまま「放置」してしまうと取り戻すのにエネルギーを要します。分野別のものを含めて自分に合った参考書・問題集を見つけ、無理なく取り組めるレベルを個人個人で見極めて、そこまでは確実に仕上げるようにしましょう。

志望大学・学部の入試での出題のされ方、出題率など

特に三角関数、指数・対数、積分計算、場合の数と確率などの分野についていえることですが、特に中堅~上位の私立大の医学部などで「小問」として出題されやすい分野、他分野との融合が少ない分野などは、多少無理をしてでも教科書学習時かその直後の長期休みぐらいまでに、入試で出題されるレベルまで仕上げてしまった方が効率よくできます。

同様に、上位~難関国公立大学の志望者は、教科書学習時かその直後の長期休みぐらいまでに、時間を度外視すればセンター試験の該当分野の大問を完答できる程度のレベルまで、練習を積みましょう。出来れば何も見ずに取り組みたいところですが、教科書のどこを見ればよいか分かるようになるのも学習のうちですから、あやふやになっている公式などは適宜思い出しながらでも良いことにします。また、私立の中高一貫校などで先取り学習をしている場合は、もう少し柔軟に考え、例えば公立高校で同じ分野が授業で取り扱われる時期を目安に(例えば三角関数は数学Ⅱの分野だから高2時に)、同様のレベルを網羅できるように努めましょう。

注意を要するのが、整数の性質など論証が中心となる分野で、大問で出題されるか小問で出題されるか、記述式かマーク式かなどによって、対応の仕方が大きく変わります。記述は苦手だという人は、とりあえず記述の答案は「読んで理解する」ことに重点を置き、とりあえずマーク式で出題されれば解ける程度まで練習を積めばどうでしょうか。記述の練習は、学習段階で言うと2-1以降(応用サイクル)に入ってから集中的にやり直しましょう。他分野を含めた応用問題を経験し、記述の答案を書くこと全般にある程度「慣れて」から、基礎の反復を兼ねて参考書・問題集の模範解答を見直してやると、新たな気づきがあるかも知れません。