柳家の小論文学習法
第1回 医学部の小論文にみられる大きな特徴
1.医学部入試で小論文が課される理由
医学部に限らず「小論文」という試験は、単なる受験生の文章能力だけがわかるのではない。世の中に対する問題意識や情報収集・情報処理能力、さらに現代社会における学問的背景等、一般的な知的能力の程度を知ることが出来る試験である。さらに、受験生個人の人生に関する「過去」を洞察し「未来」を見抜くことも出来てしまう、実に「恐ろしい」試験なのだ。これは決して大袈裟ではない。これまで一千何百枚もの小論文答案を添削し続けた私の経験上、こうした内容が顕著に文面に現れるものなのである。まさに「文は人なり」の言葉通りである。
さて、言うまでもなく大学医学部は、将来の医師となる者達が集う場である。医師の仕事は他人の生命をまさに直接預かる、極めて重大な任務といえる。決して失敗が許されない「高い技術」が必要とされるのはもちろんだが、それと同様に「極めて高度な倫理観」も要求される。つまり「人としてあるべき姿・なすべき行動」を体現できる者でなければならないのだ。前者は従来の学力試験で適性を把捉出来るが、後者のためには学力試験とは違った形が、どうしても必要となるのだ。
医学部入試で「小論文」が課される理由は、まさにここにある。受験生の文章から顕著に現れる「人間性」を捉え、それによって適性を判断することが、その主旨なのである。受験生がこれまでにどういった人生を送ってきて、目標のためにどのような努力をしたのかが、自然に表れるのが小論文なのである。医学部入試における小論文の重要性は、今後も決して変わることはないであろう。
ちなみに「誤字・脱字がないか」「300字超の原稿用紙の場合、段落の冒頭は1字空けているか」等々の「形式面」も非常に重視される。このようなことは出来て当然のようだが、御承知の通り、なかなかどうして、きちんと出来る受験生は極めて少ない。しかし、こうしたルールを守れない人は「手術・投薬といった人の生命にかかわる医療の場面で、重大なミスをしかねない」と判断されるのだ。
2.傾向の変化
医学部入試における小論文の内容は、近年、大きく様変わりしたように思われる。顕著な特徴を挙げるならば、テーマ提示型の問題が減少し、課題文読解型の問題が主流となった点がある。一見、医学・医療と無関係に思える課題文を受験生に課して考察させるものが増えているのだ。これは注目に値する。
このような現況の背景として考えられるのは、大学側が受験生の学力・偏差値のみならず、医師としての資質や適性や人間性に深い関心を抱いているということだろう。その証拠は出題傾向として「人間とは・社会とは何か」「人と人とのコミュニケーションはどうあるべきか」などが問われている点に見出せる。無論、受験生の医学・医療に対する興味や基本的知識は毎年多くの大学で問われており、決してなおざりにされているわけではないのだが、それ以外の一般常識的側面や人文科学・社会科学的側面からも、多くの出題がなされているのである。
3.出題傾向の分析
医学部で出題される小論文には日本語によるオーソドックスな問題のほかに、英語によるものや理科系の総合問題に近いものがある。最も高い出題率である「日本語による出題」に関して述べておく。その出題形式は「課題文読解型」「テーマ提示型」「資料分析型」の3つに分けられる。
4.課題文読解型
これは、課題文をもとにした内容要約問題や内容に関連した意見論述が求められる出題形式である。国公立大・私立大を問わず頻出の課題文読解型では、まず第一に「課題文の論旨をつかんで抽出する力」が求められるのである。たとえば、著者に賛成もしくは反対の意見論述が求められる場合、著者が述べている主張を正確につかんだうえで、その論理構造のどこを補強すれば著者に共感を示すことになるのか、どこをつけば反論が可能か、という点を見抜く力が問われているわけだ。この力は患者とのコミュニケーション能力にも大きく関係している。患者が訴えるさまざまな症状の中から何が重要か、を判断して対応することが、医師には求められるからである。
この形式の頻出大学は、国公立では秋田大学・福島県立医科大学・千葉大学・東京医科歯科大学・信州大学・福井大学・浜松医科大学・大阪大学・山口大学・鹿児島大学等々である。また私立では岩手医科大学・自治医科大学・濁協医科大学・北里大学・日本大学・金沢医科大学・藤田保健衛生大学・兵庫医科大学・産業医科大学等々である。
5.テーマ提示型
これは、語句や短文で提示したテーマについて、自由に論述を求める出題形式であり、私立大学医学部入試に多い。大学側は、情報収集力と知識欲の有無を測っていると言える。時事問題がしばしば出題されるのはそのためである。たとえば「2022年までに12%」という喫煙率の削減目標が政府により設定されたのだが、そのことを諸君は御存知だろうか。こうした社会の動きをとらえて医療人を目指す者としてどう考えるかが問われるのである。医師はあらゆる手段で情報を収集し、患者のために最大限できることを探らなければいけない。そのようなアンテナの敏感な人でなければいけない。こうした「医師の研鑽義務」を果たすことが出来るか否か、その点をまさに測定する出題形式といえよう。
この形式の頻出大学は、国公立では横浜市立大学であり、私立では、杏林大学・昭和大学・愛知医科大学・関西医科大学・近畿大学・川崎医科大学等々である。
6.資料分析型
これは、グラフや表などの資料をもとにデータの読み取りを求める出題形式である。資料分析型で必要なのはデータ解析能力である。数値とデータから何が読み取れるかを短く明確に述べなければいけない。このデータ解析能力の背後にあるものとしては「推理能力」と「まとめる力」が挙げられる。推理能力とは、患者が訴える症状から患者の心身がどのような状態にあるのかを推し量る力につながる。あるベテラン医師によると、心電図が読み取れない若手医師も多いという。医師になれば、医療統計のデータを扱う必要も出てくる。グラフの解析やデータの読み取りは、実際の医師の仕事においても非常に重要な要素なのだ。国公立の岡山大学で頻出である。
7.医学部の小論文で扱われるテーマ
近年の医学部小論文で出題されているテーマを研究してみよう。国公立大・私立大ともに出題順位が上位5位以内と高く、医学部入試全体で頻出と言えるのが、医師と患者とのコミュニケーションに関する「医師・患者関係」、医療と社会の問題を考えさせられる「少子高齢社会と医療」、さらに現代の日本社会の諸問題を取り上げた「現代社会」である。
前者2テーマに関しては、医師を目指す人であれば現代の医療が直面するこうした課題を知り、考えを巡らせておいてほしいという大学からのメッセージだろう。
後者の「現代社会」の出題数の多さは一見意外なようだが、人の生命に関わる社会的責任の大きい仕事なのだから、社会の現状と今後のあり方に目を向けることも当然、求められるのである。
さて「先端医療」の出題順位が高いのは国公立である。最先端の医学や医療に興味をもっていて、最近の話題にもちゃんと反応しているかどうかを見極めているのだ。それに対して私立大では、医師のあるべき姿を問う「医師」のほか、「人生」「人間」などの出題順位が高い。受験生の志望意欲や倫理観、人間性を見ようとする大学側の意向が読み取れよう。
8.稀有なテーマ
例えば次の「実際の入試問題」を、まずは見てほしい。
あなたが日曜日にうちでゆっくりとしていると、アフリカの難民を救う会のNGOの人が2人訪ねて来ました。「1ヵ月に2万円の寄付をしてもらえれば、きれいな水を提供して1年に1,000人の子供を助けることができます。寄付をお願いします」と頼んできました。ちなみにあなたは資格を取るために夜間の専門学校に通っていて、それに1万5千円の費用がかかっています。アルバイトで生計を立てていて1カ月の収入は16万円です。
さてNGOの人たちへのあなた自身の回答を、600字以以内で書きなさい。
(愛知医科大学/2012年度)
寄付をしてアフリカの子供を助ける、と書くのは一つの答えなのだが、短絡的であって優れた答案とは言えないだろう。問題文によると、現在の自分は経済的に余裕のない状態である。早急に動くよりもいま自分に課せられたことは何か、と考えてみてほしい。すると専門学校で学んだ知識を活用し、将来働くことで人助けすることもできると思い至るのではないか。つまり将来の自分が助けるという発想である。ここでは対立する利益を比較して適切な解決案を導く「利益衡量」という医師に必要な考え方が試されている。意外性のあるテーマを課すことで、医師としての資質・適性にかかわる実践的な能力の有無をはかっているわけだ。
連載予定
- 第1回 医学部の小論文にみられる大きな特徴
- 第2回 医学部の小論文でよく出題されるテーマ① ターミナル・ケア
- 第3回 医学部の小論文でよく出題されるテーマ② 医療過誤
- 第4回 医学部の小論文でよく出題されるテーマ③ 最先端医療
- 第5回 医学部の小論文でよく出題されるテーマ④ 絵画・精神性