(2018年11月19日)

平成29年に医学部入学定員は過去最大の9,420名となりました。
平成19年度の7,625名からわずか10年で1,795名の増員です。
医学部受験者数の増加が一段落したこともあり、平成28年度以降は医学部受験の倍率は頭打ちとなりました。
今後、医学部募集定員はどうなっていくのか。この10年間の募集定員の増加の背景と今後の見通しを説明しつつ、予想してみようと思います。

医学部募集定員の変遷

医学部定員は、昭和48年に閣議決定された「無医大県解消構想」の推進により大幅に増加されて昭和58年度には8,280名となりました。この年、人口10万人当たり医師150名の目標が達成さることとなり、その後、昭和61年には将来的に医師数が供給過剰になることが見込まれて平成15年度までに段階的に削減され、平成19年度まで7,625名で維持されました。

※募集定員は編入試験を含む

しかし、平成19年度入試以降、医学部の募集定員は再び大幅に増加されています。平成30年度入試では恒久募集定員が8,269名、臨時定員増1,150名を加えて9,419名が募集されました。史上最大の募集定員だった前年度に比べて1名減少したものの、平成19年度と比較すると1,794名の増員でした。

医学部の募集定員が増えているのは医師数が不足しているためですが、医師数が供給過剰になるという見積もりが外れてしまったのはなぜでしょうか。医療の発達による専門分野の細分化や看護師などコメディカルとの業務分担の不十分、マネジメントの失敗など様々な理由が挙げられますが、最も大きな理由は医師の偏在による地域医療の崩壊だと思われます。

医師の偏在が起こった理由は、主に平成16年4月から始まった臨床研修制度にあると言われています。臨床研修制度とは、医学部を卒業した人は2年間の初期臨床研修を受けなければ保険診療ができなくなるというものですが、初期臨床研修を受ける医療機関を卒業大学に関わらず全国から選ぶことができるという点が問題となりました。

臨床研修制度以前は医学部を卒業した新卒医師は卒業大学の医局に入局し、医局が派遣する病院で勤務することが一般的でした。そのため、いわゆるへき地の病院であっても、大学と連携することで医師数を確保することができていたのです。

しかし、臨床研修制度により新卒医師が大学医局に残らないようになり、自由にキャリアを描くことができるようになった結果、キャリアアップや労働、生活の環境が充実している都市部に医師が集中するようになったのです。さらに、診療科間にも偏在が生じています。特に小児科・産婦人科・外科などは全体の医師数が増加する中で横ばいあるいは減少となっており、問題視されています。

このように自由に労働する場所や診療科を選べることは医師個人としては望ましい事であり、より良いキャリアを目指す人が増えることで医療界のレベルアップにも寄与していると考えられます。

しかし、医療界の底固めにはマイナスの効果になっています。へき地などの病院や特定の診療科では医師数が不足しており、地域に供給できる医療が不十分となる地域医療の崩壊につながってしまいました。

そこで、新成長戦略、経済財政改革の基本方針2009、緊急医師確保対策などによって医師不足が深刻な地域や診療科に従事する医師を募集する地域枠が続々に新設されることとなりました。これが、平成19年度以降の医学部入試における募集定員増加の背景です。

医師需給の推計と今後の募集定員

この募集定員は今後も維持されるのでしょうか。厚生労働省の医師需給分科会で公表されている資料を元に考察してみようと思います。

現在、日本の厚生労働省では女性医師の増加や若手医師のライフワークバランスなどの感覚の変化に対応するため、週当たりの労働時間を制限する医師の働き方改革を進めています。さらに、製薬・行政・国際貢献・研究・企業などで従事する医師数を増やそうとしており、臨床以外の医師の需要も年々増加しています。

このようなことを踏まえ、2018年度入試における募集定員のまま医師を養成し続け、様々な医師の偏在対策が成功した場合に将来的に医師の需給がどのようになるかを医師需給分科会推計した結果を次に示します。

ケース1:医師の労働時間を週55時間に制限
⇒2033年頃に約36万人で医師需給が均衡、2040年には医師供給が約2.5万人過剰

ケース2医師の労働時間を週60時間に制限
⇒2028年頃に約35万人で医師需給が均衡、2040年には医師供給が約3.5万人過剰

ケース3医師の労働時間を週80時間に制限
⇒2018年頃に約32万人で医師需給が均衡、2040年には医師供給が5.2万人過剰

このように、最も時間数を制限したケース1でも2033年には医師需給が均衡するとされています。医学部入学から医師として働けるようになるのに医学部6年+初期臨床研修2年の8年が必要ですから、2033年に医師になる人は2025年に医学部に入学した人であり、2019年度入試から6年以内に医学部の募集定員を減少させ始めないと早晩医師数が過剰になるとされています。

しかし、医師の需給を推計することは非常に難しいと言われています、それは、社会構造や情勢の変化によって推計の根拠が容易に崩されてしまうためです。現在は地域医療の医師不足が叫ばれていますが、団塊の世代の多くは都市部に住んでいます。そのため、団塊の世代が後期高齢者に突入する2025年には地域医療ではなく、都市部の特定の診療科の医師不足が叫ばれるようになっているかもしれません。また、訪日外国人が急増していることから、外国人患者への対応も急務と考えられています。

こうした不確定要素を踏まえ、医師の需給分科会においても、将来どこかの時点で医師数が過剰になることは決定的と考えてこれ以上の募集定員の増加はせず、2020年度入試までは現在の募集人員を維持し、その後はその時点での将来における医師数の需給予測に基づいて逐次調整するとしています。

医学部入試への影響を考察

2020年度入試まではほぼ現在の募集定員が維持されるものの、その後は募集定員が削減されると考えられます。一方、地域医療以外にも、人員不足の診療科に従事する、行政や製薬などで従事するなど、医師に求められる領域は以前に比べて広くなっています。そのため今後は、研究医枠や特定診療科枠などの枠が増えるでしょう。

また、2018年に都道府県が大学へ地域枠などの新設を要請することができるように法改正が行われ、2019年4月から施行されます。そのため、今後、医師不足を抱える地方大学では地域枠の割合が増えることが予想されます。 以上のことから、医学部入試においては主に地方大学の一般枠が減少することになり、難易度が上がると考えられます。また、進学後の進路も今までのように「医師」で一律ではなく、大学によって異なる者になる可能性があり、今後は医学部受験においても受験校選びがますます重要となってくるでしょう。